Markey's Osaka West "Oba-han"River-side Blues......

       ── ひらりひらひら きままな稼業 風に吹かれて 東へ西へ

2010年5月29日土曜日

Newton!!! Pippin@!!! 今日の日をどう思う???


iPadが今日発売されて、ヤマト運輸は配送パニックだったそうである。
いやー今じゃネコも杓子もiPhone、 iPadの名を知ってるもんねー。
あんだけワイドショーでもやってるもんなあ。Appleにこんな日がくるなんて。
発売前に行列ができる、Windows95のような日が来るなんて。
驚きと感慨しかない。
せいぜいiPodのヒットで、そっち方面にずーーーーっとイクもんやと、
あの時点では思っておりました。

ワシがMacを手に入れたのは、そんなに昔のことではない。
高すぎて自分で所有なんて考えられなかった。初期は医者の道楽だと思っていた。キャノン販売もそのつもりで売り歩いていただろう。
当時バブルで泡銭を儲けたデザイナーが、自慢げにIICiとかClassicを買い、ワシは遊びに行って
自慢話を雪崩のように聞かされながら見せてもらい、そのGUIを“スゲエ!これでもう座標軸使って苦労して企画書書かんでええやん!!!”とか驚愕するばかりであった。

やっとLC575を買えたのが1994年か。ひえー今から16年前か!!! 
えーウッソー!!!信じられん。6年前みたいな気がするんですけど… 

今考えたらこんな小さい画面でよう仕事してたなあ。
でも13inchトリニトロン管は、後のアールのきっついシャドウマスク管よりずっと質がよかったのだ。
初めて自分のコンピュータであるMacを買って、電源投入して、ガイダンスが走り始めたときは感激したわ。 アプリケーションもいっぱい知り合いのデザイナーから…(笑)

LC575の筐体も中身も丈夫で、今のPCよりずっと質が高い。
まりりんは小さい頃ハイパーカードのモノクロゲームで散々遊んで、しまいに筐体に馬乗りになって飛び跳ねて遊んでいたが、基本的に壊れていない。すごい。まさに体を張って彼女の遊び相手になってくれたのである。今のPCには到底出来ない芸当だ。

その次はPowerMac 8500/120 を飯山の21inchブラウン管モニタと一緒に買った。
大出費であった。ブラウン管の大画面モニタはひたすらデカく、乗せた机の天板がUの字にたわんでいた。
でもまあ、当時は世の中にそこそこ仕事もあったし、某堂島にある大広告代理店の仕事で人間ではないがごとくに振り回されていたので、モトは取れたような気がする。あくまで当時の範囲内での話だが。
あとはPerformaを1台買った。これはまあ、どうでもよかった機種だ。
今はG4が1台あるが、OSⅹになった頃からアプリケーションがどうにもこうにも使いづらくなってしまった。

一時はMacユーザーは迫害されたキリシタンみたいなもんであった。
いかにMacがすんばらしいかを知り合いに説いて回る“Macエバンジェリスト(伝道師)”という言い方があったが、当時はそんな草の根活動しかできなかったように思う。
Macを好きなのは医者、デザイナー、イラストレーター、ミュージシャン、一部の研究者。ハッキリ言って変人の職業ばかりだ。一般的なスタンダードにはほど遠かった。だけどそれがユーザーの心を満たしていた。

それから90年代。Newtonでコケ、Pippin@で大失敗し、互換機で皆に撤退され…
暗黒の日々は長く続いた。iPodが爆発的に売れたけど、もう以前からのMacユーザーは、
Appleは情報端末からは撤退すると思っていた。

Who could imagine the another day is comin' ???
誰がこの日を想像できた???

時間はかかるが、真実は、本物はいつか必ず認められる日が来るのか?MJもそんなこと言ってたわね。
しかし今のAppleの作るものが真実なのか、本物なのかはわからない。


もう、ようわからんなー。ファッションと同じで、20年寝かせばまたひとめぐりするのか。
しかしこれは↓執念のサイトです。泣ける、というか、もう、業(ごう)の域に達しておられる。
丹念に、恐ろしいほどの労力で作られたOld Macのデスクトップのgifを見ていると、
すごいデジャブみたいな不思議な感じに囚われる。

あの時のワクワク、ドキドキした感じが蘇るねえ。いやーすごいわ、感謝感謝。
まるでこのWindowsの画面上に、68系Macのエミュレータが走っているような錯覚さえ覚える。
というか、このサイト主氏、かなり… いや、いい意味での変人だ。
いえいえ、いい意味も悪い意味もなく、初めからワシは変人にかなり好意的なのですが。

あー、この主、学校の先生か!!! 納得。
上記の爆弾画面は、このサイトから拝借いたしました。
The Vintage Mac Museum

2010年5月6日木曜日

高槻ジャズストリート

今年で行くのは3度目になる高槻ジャズスト。今年はまりりんを連れて行くことに。
嵐と関ジャニが好きなミーハー小学生なので、ジャズは到底無理である。ワシだけなら早い時間から行って目一杯ウロウロしたいところだが、彼女は何時間ももたないことがわかっているので、陽が傾いてから家を出た。

余談だがこの日は午前中に、近くのカットハウスにまりりんと行ってみた。前回はワシだけもっと近くにできたサロンに行ったのだが、そこは非常に巧いのだが、いかんせん非常に高価格で態度が居丈高なのである。上から押さえつけられるのが大嫌いなワシは、客云々とかそういうこと以前に、そういう態度を他人にとる人がイヤなのだ。
なので初めての店に行ってみたのだが、そこのオーナーが斉藤和義似でちょっと嬉しかったりしたのだ。
斉藤和義みたいに背もたかい。斉藤和義結構すきなのである。が、斉藤和義って、たぶん好きになると最悪なパターンの男だということもわかっている。
で、そのオーナーといろいろ音楽の話もした。へへへ。

そういうウォーミングアップをしてエンジンを温めてからジャズストへ繰り出すなんて、なんて 今年は素敵なんでしょ。
高槻駅についたときは午後5時近くになっていたけど、市民グラウンドまで歩いて阪大のビッグバンドを聴き、野見神社の舞台でプログレを聴き、立ち飲み屋の店先ライブ(これがよかった)を聴き…と、そぞろ歩けばライブに当たる、というのがいいよねえ。
みんな片手にビールの紙コップやハイボールの缶を持っている。
まりりんは「酔っ払いばっかしや」と言っていたけど、ジャズなんて酒飲みながら聴くもんなのよ、娘よ。今年は外国人の来街者が多かったねえ。

当然ワシも冷たくして持参したビールで地べたに座って楽しく過ごしました。

ジャズストにキレイな格好をしてきてはいけないのだ。つばのある帽子、汗拭きタオル、お尻が汚れてもいいパンツ、できれば背中にまわせるショルダーなんかの装備が必携。

しかしこれ、高槻という地域性やから成立するんやろなあ。みんなお上品、行儀もええもん。
うちらあたりでやったら… ノー秩序、大混乱、そのへんゴミだらけ、酔っ払い乱闘続出になりそうな気がするわ。
小汚い、やるせな~いブルーズは似合いそうな気がするけどな。