Markey's Osaka West "Oba-han"River-side Blues......

       ── ひらりひらひら きままな稼業 風に吹かれて 東へ西へ
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2011年4月13日水曜日

高津神社とウクレレ

高津神社、何年かぶりにお花見にいったんやけど、今年は出店自粛でぼんぼりもなく空間のイメージがまるっきり違っていた。

いつもは出店に仕切られて、空間自体がもうちょっとクローズドな感じだったのだが、いやにオープンなのだ。
ちょっと面食らいながらも、大川べりのようにそうそう遠くからは人が来ない場所なので、休日でもまったりと楽しめてお気に入りの花見処だ。
まあ、周りの環境は生玉近辺やし、アレやねんけども…


ちいさいときから、日本橋一丁目(住所は高津だった)に住む叔母に連れられ、
よくここの神社の夏祭りや盆踊りに来た。
叔母は昔で言う東櫓町(今は場外馬券売り場?)で長年続くバーを営んでいたので、
ここらへんの色町の事情には詳しかった。

高津神社の盆踊りは浴衣姿のキレイなオカマや不細工なオカマが大勢集まり、思い思いに踊りを楽しんでいて、ちいさな私は可愛がられていろんなオカマに飴細工を買ってもらったり、
一緒に金魚すくいや射的をしてもらった。
射的なんかになると、オカマは完全に素のオッサンやったな…

潤子叔母は、白い艶のある浴衣に菖蒲の裾模様で、
きり、として境内のアセチレンの灯りの中で綺麗やったね。
もともと芸事が好きで宝塚の男役にもなりたいと思っていたらしい、整った男顔の人やった。
泉尾女学校時代の写真も、凛々しい「お姉さま」という雰囲気だ。

この叔母の旦那(正確には結婚していないが)が、ずっとオアフに住んでいたのでした。
潤子叔母、生涯男運はよくなかったねぇ。その代わり好きなように生きたけど。

まぁあの頃やから相当良い時代もあった訳で、最後はムチャクチャで物凄い振れ幅やったけど、
結局はイーブンかな。そやけど結局同じ平均律でも、あんな激しい乱高下はしんどいな…

で、30年以上前の高校時代にオアフの義理叔父の元を初めて訪ねたワタシは、
今ちょいとその頃を思い出しながら、ウクレレを弾きたいと思っているのです。

2011年1月26日水曜日

-Osaka University of Arts- 母校アドベンチャー

はー、冷や汗モノの大森監督(教授だ)取材が終わり、いろいろ独特の矛先で突っ込まれながらもなんとか終え…
(同行の担当者は世代が下で監督の名さえ知らなかった!しかしいくらなんでも、情報産業におってそれはナシやで)

けれど監督はクリエイターズユニオンの田中社長が仰ってくださったとおり、芸大内で教壇を離れているときには、気さくで独特の個性をお持ちの、結構大柄な、関西のオッチャンでした。
プロフには芦屋出身とあるが、小学校までは針中野で生まれ育ったとのこと。100へぇ(古)だ。

教務課・入試課の方とも親しい間柄なのかも知れませんが、近所の知り合い同士のような会話で冗談を言い合っておられたし…
こういう教授と学校スタッフの関係はあまりみないので、ちょっとびっくり。お人柄かしらん。

映画ドシロウトの私相手によくまあ1時間半もお話くださったものだと大感謝です。
ホンマにすんませんでした。

私自身がOGなのでやはり気楽で取材もしやすい。
学校スタッフもOGというとガラっと態度をやわらかくしてくださる。
芸術系なので、そこには独特のシンパシーが存在するというわけです。
それはお互いの建前の裏側にある、どうしようもない切なさや自虐的な思いや、幸せの感じ方や、どんな感覚がこのヒトと一致するのかなという楽しみや、まあ、そういうことです。

で、次の教授取材まで時間があったので、クールダウンも兼ねてキャンバス内をウロウロ…

私が通っていた頃そのままの校舎もあるし、立派過ぎる芸術劇場や映画館が新設されていて驚き。
目が合ったら後ずさりするのか











さすがに建築意匠は凝ってるねえ。しか しカッチョええ学舎の扉に「イノシシ注意」の掲示があるのはワロタ。教務課の人が「去年学生がマムシに噛まれて病院送りになった」と言っていた。マムシは 私の時代にもいたが、まだいるのか。よく忍者研究会が裏山で修行(?)してて、噛まれたとか騒いでいたっけ。

2010年11月14日日曜日

夜の帳は川面に降りて

土曜日の夕方、九条に向かって歩く道すがら。 
遠く電車の音が川面をすべるように越えてやってくる。

2010年11月12日金曜日

反対側からみる夕陽


16時28分、ガスタンクを背にして。
これからひと月ぐらいが、陽が落ちるのがいちばん早い季節。
自転車で行き来する鉄橋の傍の道には、大きな力が次々と巨大な建物を聳えさせ
川べりの風景をすっかり変えてしまう。

ん~そんなことより仕事どないしょ。とにかく千切っては投げ状態なのだが
そんなにサッサと千切って投げられたらこんなに苦労はせん。
出張帰りはキツイわ…ぐすん…
いつまでするのこんな放蕩生活… … …

2010年11月5日金曜日

歩道橋の上から


確か、私が小学生ぐらいの時にできたと思う歩道橋。
ここから見れば、変わっていくものもあり、変わらないものもある。
川にかこまれたまち。

このすこし先には、きらきら光るドームを背景にして、
昔から変わらない鉄橋をわたる環状線の風景と音があって、
それを船上のBARから風に吹かれて眺めるのがとてもすきなのだ。